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【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第2節 百考千思 [3]




 見開くもう目の前で、コウが眼差しを向けてくる。
「していいか?」
「あのっ えっと」
 状況が飲み込めない。答えられない。
 だがコウは、そんなツバサに苛立つことなく、表情も変えない。
「ダメか?」
 ゆっくりとしたコウの瞬き。ツバサはハッと辺りを探る。
「こっ こんなところで」
「今、したい」
 もうそれ以上、待つことはしない。
 瞠目するその顔に、コウは己を重ねた。
 ひえぇぇぇぇぇぇ〜
 硬直したまま、目を瞑る。
 だが、それは優しい。
 優しくて暖かくて、少しだけ甘い。
 甘く触れて、すぐに離れる。
 ゆっくり開くツバサの瞳に、コウの瞳が優しく揺れる。
「言いたくなかったらそれでもいいんだ」
「え?」
「俺じゃ、頼りないって時もあるしな」
 え? 何それ?
「俺よかイイ男、いっぱいいるし」
 え? いないって、そんな人。
「でも、忘れないでくれ」
 見つめる瞳が少しだけ、ほんの少しだけ悲しく光る。
「俺はお前のコト、すっごく好きだ。たとえお前が他のヤツ好きになっても―――」
 コウはそれ以上言えなかった。
 両の肩に手を乗せたまま、項垂(うなだ)れる。
 フラれるのは嫌だ。ツバサとは離れたくない。
 出会った時のツバサの言葉が、コウの耳底でボワンと響く。

「楽しそう」

 俺、楽しいからバスケやってんだよな。
 それでいいんだよな。
 ホッと肩の荷が下りたような、開放されたような感覚。

 嬉しかった。

 そうだ。ツバサはコウにとって、かけがえのない存在。
 だからやっぱり、フラれるのは嫌だ。
 でも、俺にはどうしようもない。
 必死に必死に言い聞かせる。
 俺、ツバサには重すぎたのか? 縛りつけたりしちまったのか?
 金本(かねもと)に脅しかけたのだって、よく考えりゃ、やり過ぎだよな。嫌われて当然だ。
 でも、だって、仕方ないじゃないか。俺はツバサが好きなんだから。
 今度こそ本当にしっかりしなきゃって、思ってるだけなんだ。
 知らずに両手に力が入る。
 ツバサは好きだ。メチャクチャ好きだけど、でも他に好きなヤツができたら、無理強いできない。しちゃダメだ。
 それが、夏休みの後半から考えに考えぬいた、蔦康煕の結論。
 ならせめて、ちゃんと話ぐらいはしてもらいたい。
 あぁかもしれないとか、こうかもしれないなんて、頭でぐちゃぐちゃ考えたって、ホントのコトなんてなんにもわかんない。わかんなかったら、なんにも解決しない。

 解決するというコトは、ツバサとの別れ?

 そうだとしても、このまんまの状態ってワケにはいかないだろ?
 中学の時に付き合っていた、田代里奈という少女の言葉。
 今でもコウの胸を刺す。

「なんであの時、この子は万引きなんかしてませんって、言ってくれなかったの?」

 思い出すたび、強く歯を食いしばる。

 怖くったって、口に出して言わなきゃいけない時もあるんだっ!

 一度ゆっくり息を吸い、意を決して顔を上げた。
 だが次の瞬間、コウは大きく目を見開いた。
 首に抱きつくツバサの身体を、なんとかかんとか両手で支える。
「ツッ ツバサ?」







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